今日も旦那の帰宅待ち

40女パラサイト既婚無職のたわごと日記

実家を始末する決意から紐解いた、私の「働く」の価値観に迫る(結論出ない系)

無職であることを、時には焦ったり、嘆いたり、
恨んだり、有職を羨ましがったり、
またある時には、万歳三唱したり、五体投地したり、
自由の喜びを舞ったり、相反する支離滅裂なことを
たくさん書いてきました。
私自身も混乱してました。
 
が、実家を始末する決意が出来てから、
だいぶ、無職に対する価値観というか、
考え方が穏やかになりました。
 
私にとって無職とは、ダブルバインドだったんですね。
 
私の職の価値観は、
無職は実家の世話をしなければならない。
有職は実家と関わらなくても、実家に許される。
 
だから、実家に関わりたくなくて、
無職の私は、常に混乱していたわけです。
 
世間の価値観も、影響していると思います。
あの人、何にもしてないのに実家の手伝いもしないで、
という、ごくごく当たり前の価値観です。
 
私の会社員時代は、まさに滅私奉公な働き方をしていました。
自ら、ブラックな働き方を選んでいたんですね。
そんなこと、上司にも同僚にも会社にも誰にも要求されてないのに。
 
会社員は叱られないように働くのが仕事、
という名言もありますが、まさにコレでした。
 
さて。
誰に叱られたり怒られたりするのを恐れていたんでしょうか。
私は完璧な仕事をしていたので、
男性のプライドを潰すという地雷を踏んだ以外は、
叱られたり怒られたり、全くされませんでした。
実に育て甲斐のない、肩透かしを周りにさせてしまう
"優秀で隙が無く怖い完璧な社員"でした。
 
では誰に怒られるのでしょうか?
 
誰でしょう。
 
答えは実家でした。
実家に叱られないように怒られないように
完璧にやっていたんですね。
どーりで自分というもの、私というものが
不在だったわけです。
私はブラック企業で体調不良になったわけではなく、
実家という私の中の絶対的な不動のモノへの滅私奉公で
体調不良になったんですね。
たまたまその体調不良になった場所が会社だった、というわけで。
会社の皆様、とんだとばっちりを喰わせてしまいました。
この場で謝罪いたします。
 
会社を辞めてからも継続していた、
または更に悪化した体調不良は、こういう理由だったかもしれません。
 
今は健康になってますが、このダブルバインドを忘れたりすると、
一気に不調になります。特に女性の諸事情周りで。
 
なので、何がそう私を不自由にさせているのか、
について、最近はトコトン因果関係をハッキリさせています。
私の言動を確認してみて、その時感じたことや
違和感が、私の何の価値観と齟齬するのかを
振り返るようになりました。
 
そうすると、やはり、
労働→疲労→魂を削る→実家時代の私
という連鎖反応が自動で、というか脊髄反射
起こることが分かりました。
 
他の人から見たら、何で、労働が実家時代になるの?
と疑問に思うかもしれませんが、私の思考の癖では
そうなってしまうのです。
 
現に、労働に関するアレコレを考え始めると、
ことさら、女子事情が不調になります。
女子事情の不調の根底には、
「女性性の否定」の信じ込みがありますので、
私は私自身を否定していることになります。
そりゃ、不調が加速しますね。
 
なので、労働に関することの定義を変えた方がいいです。
まず、労働→疲労ってことからですね.....
そこからかよ?って感じですが......
たぶん、働かない、もしくは、働けない方の大半は、
この自動思考なんだと思われます。
 
ただ、「趣味→疲労」の導線からくるのはOKなので、
趣味の定義は私的にはOKなんだと思います。
さすがに、趣味の最終意識が「実家時代の私」になったら
私、辛すぎます.......
 
さて。
労働の定義を変えたいですね。
または、労働→○○→疲労みたいに、
何か挟んで「実家時代の私」または、その前段階の
「魂を削る」に至らないように方向修正したほうがいいですね。
 
とりあえず、私には難問なようなので、
いきなり定義を決める、というよりは、
ジワジワやっていこうと思います。
 
ジワジワ、コツコツ、淡々、のんびり、じっくり
あたりが私の場合はキーワードなのかと思います。
自分で起こした急な変化に自分が追い付けないタイプの
人間みたいなので。
 
んもぅ、私ったら、勝手すぎ!

 って自分に怒られている今日この頃です。