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今日も旦那の帰宅待ち

40女パラサイト既婚無職のたわごと日記

積ん読が30冊を越えたら?

普段、図書館を利用しているが、読むペースと読みたい本が出現するペースと予約本の引き取りのペースと返却日のペース、すべてがねじれの位置にある。
 
要は、読書に全然気が向かないのだ。
 
今までは、1日に平均3冊を読んで、
1週間で10冊以上は軽々と読んでいた。
今年に入ってから、ガクッとそのペースは落ちて、
貸出期間2週間で1冊読めるか否かのような
虚しい読書量になっている。
 
原因は分かっている。
野暮用が増えたからだ。
つまり、読書以外にもやることが増えてしまっている。
さらに、活動時間の短さ。
早起きを諦めた私は、早寝遅起きだ。
午前中はまず捨てるところから1日はスタートする。
お昼から陽が沈むくらいまでが活動時間であり、
これ以外の時間に、ガッツリ活動しようとなると
エネルギーが全然足りないのだ。
よって、21時以降も、捨てる。
この前、この掟を破ってしまい、21時から23時頃まで
集中して野暮用を済ませたら、次の日、頭痛薬も効かない頭痛で1日中寝ているハメになってしまった。
 
うん。規則正しい生活は大事だね。
 
私はロングスリーパーな上に、活動消費量が激しく、
すぐにエネルギーが枯渇し、チャージが必要となる。
 
これは良い、悪いの問題でも、損得の問題でも、ない。
私はそういう気質だ、ということだけだ。
 
この限られた時間内に、あれこれやろうとすると、
一気にエネルギー量が減る。
尋常じゃないくらいに減る。
だから、かなり生きづらいのだし、他人から見れば、
なんでそんなことしかできないのか不明かもしれないが、
無理なものは無理なのだ。
 
映画を観たあと、ご飯に行く、なんていう
当たり前のことが、どちらか一つにして欲しいと思っているのだ。
 
映画を観ると確かに楽しいが、疲れる。
ご飯は美味しいし、楽しいが、疲れる。
ダブルで疲れるのは無理なのだ。
だから、どちらかにして欲しいのだ。
 
先日、バスケットボール観戦をしたあとにご飯屋さんに行ったのだが、あれはつれだって歩いたのが旦那だったからだ。
あれが、女子だったら、次の日は屍になっていた、と思う。
バスケットボール観戦と言っても、所謂、地蔵なわけで、なるべく疲れない所作で観ている。煽りのBGMの音量がうるさくて耳栓をしているくらいだ。そんなヤツラ(私たち)がbリーグを盛り上げられるかどうかはすでに分かりきったことだが、盛り上げ役は他の方が適しているので任せている。
私たちは、ただ、選手たちの華麗なプレイを観たいだけなのだ。
一体感などはどーでもいいのだ。
 
その後のご飯についても、二人ともある程度疲れているため、基本的に喋らない。
食事を楽しむ。会話は普段しているので、たまの外食くらいはお店の味を味わいたい。
無言。
 
別に、我々的には問題ない。
 
他の人からなんと言われようが、これが私のスタイルだ。
 
二人ともエネルギーの残量や配分に気を付けている。
間違いなく、これが我々夫婦の基本的な価値観だ。
 
でも、こういう勝手を知らない友人レベルだと、とにかく疲れる。
30分くらいのお茶で十分だと思う時がすごい多い。
 
そして、マジョリティは疲れを知らない人たちだ。
たちが悪い。
こういう人たちに、こういうことを説明するとしたら、
アベノミクスが成功しているのかどうかについて説明するより難しい。
 
さて。
本は余程のことがない限り、絶版にならないわけだから、
いつか読めば良いんだと思う。
積ん読が30冊を越えた辺りから、もう開き直ることにしている。
 
頑張らない私、ステキでしょ。