今日も旦那の帰宅待ち

40女パラサイト既婚無職のたわごと日記

また完璧なタイミングで答えが放り込まれてきたよ★

私は時間に厳しい。昔から。
私自身にも厳しいし、他人にも厳しい。
 
例えば、友人とお茶してて、友人が「15時にはココ出るわ」と言ったら、14時45分には会話を一旦収拾し、まとめに入る。で、15時になったら解散できるようにしておくのだ。だが、女子の都合はそうはいかない。15時過ぎてもベラベラ喋りまくると私はもう居心地が悪くなってきて、気持ち悪くなってしまう。意を決して「あれ、15時に出るんじゃなかったっけ?」と言うと、「あー、まぁ、大丈夫!でさ~、、、」とか言われて話をペチャクチャ続けられると、絶望というか、裏切られた気持ちになる。全然大丈夫じゃねーし。
 
同様のことが、カラオケボックスでも起こり、だったら最初っから2時間って言えば良いじゃん?と一切歌わない私はイライラする。歌わないからイライラしているのではない。歌わないけど1時間って言うから我慢しただけだ。なのに、いきなり目配せで了解をとって「延長で」って電話口で叫ぶヤツには、本当にぶん殴りたくなる。
 
 
なんでこんなに、一旦、仮にでも決められた時間に対して変更があると人格が変わるくらいに怒り心頭になるのか、長い間疑問だった。どんなにマインドフルネスしても瞑想しても心が平和であっても、その一瞬の隙を突いて、感情が激しく乱れるのだ。
 
 
なんでだろ?なんでなんだろう?とずっと考えていたが、ある日、寝て起きたときに答えが降ってきた。
 
 
私、時間と心中してたんだ!!!
 
 
つまり、時間は誰にでも平等なのに、宣言された時間については、私の手から離れてしまう、要は私などの身分では触れることはできない絶対の神的なものになるのだった。
つまり、私の15時よりも、他人が宣言した15時の方が偉くて、宣誓された15時は、絶対だと思ってしまうのだ。
つまり(って、つまってませんが)、宣誓された15時が一人歩きしてしまって、15時までは安全で、15時を過ぎると危険なのである。だから、15時にココを出ると宣言した友人が、本当は16時に出れば次の予定に間に合おうとも、友人のことなんてどーでもよくて、「15時に我々は解散する、以上」がこの場の掟になってしまうのだ、私にとって。
なので、私も友人も悪いわけではまったくないのだが、15時を過ぎると吐き気まで出てくるのは、宣誓した神聖なる時間を過ぎるという愚行は危険だから吐き気がくるのだ。
 
 
うん。一応、つじつまを合わせてみたんですけど、なんかおかしいですね。
 
 
、、、と思っていた矢先。
 
年始に律儀に実家に帰省した我が妹から、実家にいたときの理不尽な仕打ちを事細かに告げる愚痴の電話があり、まぁ、仕方がないので愚痴を聞いてあげたのだが、そこに重要な答えがありました。
 
 
お祖母ちゃんが、パートの母の帰りを毎日10分早かった、20分遅かったとネチネチ言い続けているという話を帰省後の妹から聞かされたとき、あぁ、私はまたこのパターンかと思ってしまったのだった。
 
すべては、このババアからやっぱり始まっていたんだな、と思って、私は自分を解放してあげなきゃならないな、と思ったのです。
 
まさに、完璧なタイミングで答えは放り込まれてきますね。
やれやれ。
 
というわけで、私が囚われている時間から私を解放しようと思います。

 

また寝たら解決しないかな~★★★