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今日も旦那の帰宅待ち

40女パラサイト既婚無職のたわごと日記

腐るの、待っています

年末年始は"義理"がふんだんに発揮される時期です
こっちが世話してんのに、お世話になりました。
こっちが宜しいようにやってやっているのに、今年も宜しくお願いします。
 
 
なんか、変じゃね???
 
 
旦那のおばあちゃんは80歳を越えて、現役でお節作りに精を出しています。生き甲斐だそうです。その大量に残ったお節を息子夫婦、その子供たち夫婦(我々ですね)が全部頂いて持ち帰らなければならない。
そして、パックの大量の切り餅。
極めつけは、人付き合いの賜物である、段ボールで腐りかけているみかんとりんご。
これらも全部頂いて持ち帰らなければならない。
 
 
全部、義理です。
ハイ、茶番です。
 
この儀式、おばあちゃんが死んだら即、消滅すると思います。
旦那は、「毎年すまぬね、今年も建前上もらってやってね」と言うものの、お節もお餅もみかんもりんごも好きではない様子。
 
私は、そもそも興味ないものは無視を決めているので、貰ったお節食べよう、とも、りんご剥こうか、とも、お餅焼く?とも私からは聞かないです。
私に出来るのは、腐るのを待つことのみ。
旦那は食べ物は捨てられない人です。
腐ったら、「仕方がないね、食べきれなかったね」と言って、旦那が捨てます。
私はこの一言を待っているのです。
私はそれまでこれらの義理の異物を視界に入らないようにしています。
 
自分で買ったお節なら食べますよ。
自分で買った切り餅なら食べますよ。
自分で買ったみかんなら食べますよ。
自分で買ったりんごなら食べますよ。
 
年末年始は色んな邪念がついたものが我が家に乱入してきます。
面倒くさいと言いながら書かれたであろう年賀状とかね笑
 
こういうの、一切要りません。
 
義理が無くなったら、世の中、どうなるんだろう?
義理で成り立っていることばかりだから、想像しても出てこないですね。
 
少なくとも、こんな邪念を抱くことは無くなるので、少しは平和に心穏やかになるんだろうと思います。
 
人に何かモノをあげるのを好意だと思っているのは、主におばさんと高齢者くらいじゃないでしょうか。
モノが溢れている世の中なんだから、好意だけで十分ですよ。
 
あなたがたが要らないと思うモノをあげるということは、もらった人は、要らないモノをもらう価値しかない人と言うことです。
異論があると思いますが、自分に必要なものは完璧なタイミングでやってくることを知っている人にとっては、要らないモノです。
 
少なくとも、私はそういうスタンスです。
 

 

私は今日も腐るのを待っています。