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今日も旦那の帰宅待ち

40女パラサイト既婚無職のたわごと日記

恵方巻ブームに今一つ足りないのは、"団らん・博愛・戯れ"

私は、テレビのニュースも、新聞も、
インターネットも、 SNSも見ないので、
情報源はかなり限定されている。

<私の主要情報源>
①旦那が夕食時に発表する基礎時事ネタ
②薬局の待ち時間の女性週刊誌
③駅前の電化製品店の液晶テレビの夕方のニュース
④母親からの郷土ニュース満載の電話
⑤スーパーでの主婦同士の会話から
漏れ聞こえてくる話


以上だ。
どうだ、寂しいだろう。
全く時代を無視した素行だ。

でもブログは書く。
暇だから書く。
気が向いたから書く。
スマホでポチポチ書く。


今日は、恵方巻の大量廃棄に伴う、需要過多と
そのブームに今一つ足りない理由を、
気が向いたので15分くらい考えてみたよ。

で、恵方巻ブームに今一つ足りないのは、
"団らん・博愛・戯れ"であることが推測される。


とにもかくにも、恵方巻を取り巻く制約の多さ。

食べるにしても、無言を強いるというドSっぷり。
家族や友達との食事を楽しく会話しながらの
他の行事とは、一線を置く孤高の食べ方。
"団らん"の要素を一切排除している。


そして、大体この辺り?な曖昧な妥協を
許さない、厳格な吉とされる方角。
まるで星座の座標軸のような指示のあり方に、
日本中の街角で、あるいは室内で、
不安と混乱の中で厳かに決行される。
ふと、太陽が昇って沈む方角を思い出し、
太陽のありがたみをしみじみと感じさせるが
現在位置がその吉なる座標軸に合っているか
どうかは自己判断という、個人に丸投げの、
平等に欠けたシステム。
そこには"博愛"の欠片もない。

最後に。
その制約の厳しさからは、「にわか」さえも
寄せ付けない高潔な雰囲気を漂わせ、
どんちゃん騒ぎや、バカ騒ぎなどの
"戯れ"の隙も与えず、油断も許さない。
粛々と行われるその行為は、遊びを上手に
取り入れ、家族や仲間を大事にする現社会では
敷居の高い行事。


であるからして、"団らん・博愛・戯れ"を
欠く恵方巻は、他の行事と比較して、
今一つ流行らないのである。


しかしながら、流行る、流行らないに限らず、
お握り同様、箸を使わず片手で食べられる
食べ物なのであり、食べこぼしの可能性に
目をつぶれば、忙しいビジネスマンや、
勉強に励む学生、さっさと食事を済ませたい人や、
米を一気に食いたい人には、大変優秀な
ファストフードである。








なんつって。

読んで頂いてありがとうございました。
また気が向いたらブログ書きます。