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今日も旦那の帰宅待ち

40女パラサイト既婚無職のたわごと日記

「子供は産んだ方がいいよ~」という謎のお節介について

先日、風邪を引いたので、地元の内科に
行った。
ここは、子供が泣く楽園みたいな場所だ。
待ち時間中、ず~っと子供が泣いていた。
向こう一ヶ月分位は子供の泣き声は遠慮
したいものだ。


さて。待合室では、子供の泣く声と共に、
子供を呼ぶ親の声も聞こえていたのだが、
子供の名前がいちいち癪に障る。
特にビックリしたのは、母親が
「のあちゃ~ん!」と呼んだ先の子供が
たいそうブスな女児だったことだ。


かくして、私も毒親持ちなのだが、
子供の頃は、「歯並びが悪い」、
「足が太い」などの悪口をことあるごと
に言われ、思春期にはすっかり歯を見せて
笑うことなど一瞬もなく、スカートも
パンツもうまく履きこなせなかった。
母親は割りと美人な作りだったが、近所の
ババアに騙されて見合い結婚した相手が
スーパーブサイクだったのだろう。
私たち姉妹は、母親の血を引くことは
なかった。

話がずれた。



その内科で遭遇した「のあちゃん」。
母親も、負けず劣らずとブスだった。
※失礼!"味のある顔"です!



あなたは、あなたが子供時代に経験した
数ある嫌な思い出をそのまま子供にさせる
のか?

これが、子を望む人間への、私の謎だ。

「子供時代は楽しかった~」という大人が
いないにも関わらず、子供を産む。
「子供は産んだ方がいいよ~」と色んな人
から言われるが、私にしてみれば、「私は
なんで生まれてきたんだろうか、こんな
ことなら生まれてきたくなかったなぁ~」
などの存在自体を否定する考えを持って
育ってしまうと、ますます産めなくなる。

ということは、この絶望の世の中に、
子供は産んだ方がいいよ信者は、
自己肯定感が強い人ということになる。
さらに、ペットでもない子供にキラキラ
ネームを付けられる程の度胸を持っている
となる。

子持ちっつ~のは、色んな意味で、
スゲェ!
どうりで私は頭が上がらないわけだ。
必要なのは、自己肯定感であって、
他者評価はそれに付随しない、ということ
だ。
名前なんて他者と識別されるために存在
し、他者から呼ばれるためにあるという
のは、私が産んだのあには関係ないし、
意に介さないというわけかぁ。
のあはのあらしく、のあとして生きろ
ということかぁ。
色々強いなぁ。


「のあちゃん」、スゲェ愛されて育って
いるじゃないか。
もうそれでいいじゃないか。
それ以外に何も言うことはない。
いずれ、「のあちゃん」と向き合うのは、
のあちゃん自身の問題だ。
他人がとやかく言うものではない。
ましてや、親に感謝しようが恨もうが、
のあちゃんの勝手だ。



私は普通の名前で良かった。
普通の名前の普通の顔面の普通の容姿だ。
お陰さまで名前で一喜一憂されたことは
ない。



「のあちゃん」、思春期になっても、
親を恨んでグレたりしないでね。
少なくとも、自己肯定感が強く、立派な
精神状態の両親の元で、愛されて
産まれてきたことの証しだから。
人生複雑骨折の私よりはずっとマシ
だから。



読んで頂いてありがとうございました。
また気が向いたらブログ書きます。