今日も旦那の帰宅待ち

40女パラサイト既婚無職のたわごと日記

永遠の片想い、という勇気

先日、我が親愛なる妹からLINEがきた。
用件は、「今度のおばあちゃんの誕生日
プレゼント、何にする?」とのこと。
私は、「いつも通り、花とお菓子を贈る
だけだよ」と答えた。
そしたら延々と愚痴のLINEが始まった。
ブーブブ、ブーブブ、ブーブブ、
うるさいのなんの。
要は、愚痴りたかっただけであった。
いつも大変だな。妹よ。


話を聞くと、いつもと一緒の結末だった。
"いつも一緒の結末"とは、どんなもので
あるか。
詳しく言うと、下記の例がある。



妹は、律儀にお盆に実家に帰省した。
※私は面倒くさかったのでパスした。
その際、テレビの旅番組に映し出された
アワビが旨そうで、祖母はアワビ
食べたいとしきりに騒いだそうだ。
なので、律儀な妹は、敬老の日に、
アワビを家計費を削って贈ったそうだ。
そしたら、お礼は言われたものの、
固くて臭いと、いちゃもん付けられた、
と愚痴りだした。



妹は気配り上手で、説明いらずの察し
上手。典型的な「女子」だ。
これが妹自身を苦しめる原因だ。
私も相当「女子」だが、妹の比ではない。
もう何年、実家の娘役をやっているのか?
「いい加減に、いい加減にしな!」と
喝の意味も込めて、LINEのメッセージの
やり取りではなく、電話に切り替えた。




今まで何度振り回されてきたか、
今一度よ~く思い出せ。
こんなことも、あんなこともあった。
実家には私たち姉妹の想いは通じない。
永遠の片想いなんだから、
実家の顔色を伺うのではなく、勇気を
持って自己満足で贈り物はしようよ。
実家の、昨日の欲望は、今日の欲望では
ないし、私たちの知らないところで、
毎日毎時間、欲望は新しく更新される。
だから、もう実家に振り回されるのは、
止めようよ。



という話を四半期ごとにやっているのだが
なかなか毒親からの呪縛は解けない。
私は意識的にそうしているので、
割りと冷静な判断が出来ている方だが、
※これを親不孝者と言う見方も出来る。
妹は、まだその段階に達してない。
助けてあげたいが、四半期ごとに、
"いつも一緒の結末"の愚痴を言ってきては
姉(私)からの慰めの電話をもらう。
これでは、典型的な毒親の娘だ。




自分の親に対して、永遠の片想いである
ことを認めるのは、非常に勇気がいる。
親子神話、とりわけ、母娘神話においては
以心伝心、相思相愛とされるのが、
絶対の国民病だからだ。
40女の私は、大人だが、立派な大人かと
言われると疑問だらけだ。
同じように、いくら親だからと言って、
立派な親かと言われると、色々、
疑問だらけだ。
もっと正直に言うと、母親や祖母などの
親という存在を見てると、
いかに他人が信用や信頼や期待が安心が
出来ないか、よく分かる。
そんな親に対して、以心伝心、相思相愛を
掲げる理想論に付き合っている暇は、
いくら私が無職でもそんな暇は無い。
端的に言うと、付き合うだけ無駄なのだ。
妹に嫌な気持ちにさせる原因は、
我が毒親の存在にある。
嫌な気持ちにさせる存在に対しては、
「物理的にも精神的にも距離を置く」位
しか、今のところ対策はないが、
大抵は、これで関係性が良くなったり
する。
物理的にも精神的にも"近すぎること"
が問題なのだ。距離を置くに限る。




四半期ごとの妹への私の説教の電話は、
"いつも一緒の結末"の中に含まれている。
早いもので、もう今年も10月下旬だ。
きっと年末年始には、律儀な妹は、
また律儀に帰省するだろう。
またお決まりの矛盾の極みの言動を
見せつけられ、愚痴のLINEが来る
だろう。
そして、私はまた妹に慰めの電話をする
羽目になるだろう。
もう何年もこんな"いつも一緒の結末"が
続いている。


妹は、毒親の罠から無事、脱出できる
だろうか。
もしくは、毒親の強い連鎖反応で、
彼女も毒親になってしまうのだろうか。
※妹は子供がいます。

彼女が「気付く」まで、私は粘り強く
喝を入れ続けなければならないのだろうか。
私が気付けたように、彼女も気付ける
だろうか。



起きてもいないことで悩むのは、
正直、非常にバカバカしいのだが、
バカバカしいのが、日々の積み重ね
だったりする。
毎日、有意義に過ごす、なんて高等な芸は
一般人は持ち合わせていないのだ。



また愚痴のLINEが来たら、
また話を聞いてあげればいい。
喝の電話をしてあげればいい。
私に出来るのはそこまでだ。
あとは、彼女自身の問題だ。
彼女自身の問題に介入するのは、
"無理強い"だ。
人は、変われるタイミングがそれぞれ
違う。
私みたいに、体調不良として、毒親問題も
一気に降り注いできちゃった例もある。
私はそのタイミングのどさくさに紛れて、
実家に対して、永遠の片想いをしている、
という事実を突き付けられた。
親に対して、永遠の片想いと思うことも、
その決断にも、勇気がいる。
勇気をくれたのは、私の体調不良だ。
勇気を出して、永遠の片想いであることを
認めないと、体調不良が酷くなる。
体調不良を取るか、勇気を出すを取るか。
「勇気を出すを取る」よ、そりゃ。

実家と物理的にも精神的にも距離を置く
ことで、実家に対して、むやみやたらに
不安を抱くこともほとんど無くなったし、
矛盾な行動をされても、実家は矛盾な行動
をする生き物として、かなりドライに対応
出来つつある。
実家に期待や希望は一切抱かないし、
実家が私に寄せる期待や希望も一切
受けない。
その位の割り切りが出来つつある。
私も変われたものだ。非常に感慨深い。



親だから分かってくれるはず。
娘だから分かってくれるはず。


これは、かなり危険な思考ですが、
間違いなく国民病の一つに数えられます。


お互いが永遠の片想い同士である、
という勇気を持って毒親に接しましょう。
これは、親が死んで解決する手の問題では
ありません。
自分の中に巧妙に埋め込まれた無意識
によって、自縛する手の問題です。




こういった件は、たくさんの毒親本に、
必ず書いてありますので、
気になる方は読んでみて下さい。
※このブログはアフィリエイトの類いでは
ないので、参考本は自分で探して下さい。





読んで頂いてありがとうございました。
また気が向いたらブログ書きます。