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今日も旦那の帰宅待ち

40女パラサイト既婚無職のたわごと日記

配慮に欠ける知り合いたちを始末する

先日の休みの午後に、家でノンビリしていたら、知り合いからLINEがきた。
 
「今、○○ちゃん(私も知り合い)とランチしてて、
❌❌さん(私)に会いたいねって話になったんだけど、
時間ある?」
 
という、"時間があるorない"という人類究極の2択を迫る光栄なお誘いを頂いた。
 
はい。クイズです。
この文章から何が読み取れるでしょうか?
 
①今から出てこい
②今すぐ出てこい
③二つ返事で来い
 
正解は全部です。
仕方がないので、「今日は無理だなぁ」と返信したら、少し間が空いて、「今日じゃないよ笑!今月で暇な日ある?」と返信が来た。
 
あーああ。
この行動と返信内容で見えない相手のすべてが分かってしまった。
 
今日じゃなければ、「今、共通の知り合いとランチしている」情報はそもそも要らないのではないか?
今日、私に会いたかったんだろ?素直にそう言えよ。今から行くよ♪という返信を期待したんだろ?まったく、バカ丸出しだなぁ。
 
しかも、そのしばらくの間のあいだに、「今日、❌❌さん(私)無理だって~、使えね~」とでも言っていたのでしょう。
 
バレバレですよ。
LINEの短文だからこそ、行間に欲望がはみ出してるのだよ。
2人で会っているなら、2人で存分に楽しんで下さい。
途中で話のネタが尽きてつまんなくなりそうだからって、呼び出さないで下さい。
 
そんなわけで、君らに会うような暇な日は私には無いので、必殺技で始末することにした。
 
「暇になったら私から連絡するね」
 
これで、始末終了。

 

さて、どのくらい待てるだろうね。

遠隔呪詛

正月明け3連休、体調悪いです。
その原因が分かりました。
 
私の実家の、お祖母ちゃん、母親、妹(帰省してた)が、私のことをすごく心配していると、妹の電話で知ったからである。
すごい欠席裁判だな、と思ったが、あぁ、なるほど。常軌を逸する心配性3人の「心配」の邪念が集約して飛ばされていたら、いくら物理的な距離は離れていたとしても私はそりゃ体調も悪くなるはずだ、と思った。攻撃をくらうからね。
まったく、家族が集合するとロクなことがないよ。
 
私のことは考えるな、心配するな、と脅したい気分だが、どんなに脅しても心配するのが彼女たちの生き甲斐であり、生きている意味になっている今日現在、私はとにかく繋がらないことで挑むしかない。
もしくは、彼女たちの幸せを祈るしかないのだ。
彼女たちの幸せを祈ったところで、彼女たちの幸せは、私を心配することだったりするので、焼け石に水ですが。
いっそのこと、彼女たち、特にお祖母ちゃんと母親については、穏やかに人生を始末して欲しいとさえ思ってしまう。
 
まぁ、こういう人たちって、私は心配しているのに、あなたは私の心配をしてくれないのか?💢という怒りというか、ジコチューが根底にあって心配しているんだから、まったく勝手なモンである。
こういう無駄な心配よりも、自分自身のことを大切にして欲しいと思う。
 
故に、一人一人が自分の幸せを願い実行すれば地球は平和で満たされるのと一緒の原理で、自分が幸せじゃないからと言って、他人に難癖つけたり、心配してみたり、ときには生きる権利まで奪ってしまうのは、これはもう癖というか、依存性が非常に高いので、こういう思考や行動パターンを持っている人は、もはや直らないとみて宜しいかと思う。
 
なにも、心配するな、と言いたいわけではない。配慮そのものは人間として基本の心遣いなので、多いに歓迎するが、心配している私を見て心配して!という理不尽な呪詛を有り難く受けとる必要はこちらにはないわけで、ここで魔法の呪文を唱えて、彼女たちの攻撃から私を守るのが宜しいかと思う。
 
 
これは私の感情ではありません。
私は受け取りません、お返しします。
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無難なヤツ、ください

あのー。
すみませんが、他人への贈り物は、確実に美味しいものにして頂けませんかね?
正月限定で出してるヤツじゃなくて、フツーのフツーをお年賀で下さい。
 
だいたい、お年賀で出すお菓子類って見た目優先だから、味は二の次、三の次。地味でも良いので、フツーのラインナップのヤツを下さい。どーせ買うなら、フツーのヤツ、買って下さい。
 
もらって喰わなきゃならないのは私だからです。
あんたらが喰うんだったら良いけどさ。
私が食べるのよ?私が!
 
私は、正月限定には目もくれず、フツーのラインナップをお年賀にしてるんですよ。なぜか?
 
胃袋って限りがあるし、食事の回数だって限られてるの。ただでさえ、少食なのに。
こんなん食べている場合ではないのだ。
限られた食事のチャンスを何だかよくワカラナイもので埋めたくないのだ。
 
というわけで。
 
もらったお年賀は、捨てることにしました。
あ、もちろん、腐ってから捨てるんですよ。
 

 

フツーのヤツでお願いします。

また完璧なタイミングで答えが放り込まれてきたよ★

私は時間に厳しい。昔から。
私自身にも厳しいし、他人にも厳しい。
 
例えば、友人とお茶してて、友人が「15時にはココ出るわ」と言ったら、14時45分には会話を一旦収拾し、まとめに入る。で、15時になったら解散できるようにしておくのだ。だが、女子の都合はそうはいかない。15時過ぎてもベラベラ喋りまくると私はもう居心地が悪くなってきて、気持ち悪くなってしまう。意を決して「あれ、15時に出るんじゃなかったっけ?」と言うと、「あー、まぁ、大丈夫!でさ~、、、」とか言われて話をペチャクチャ続けられると、絶望というか、裏切られた気持ちになる。全然大丈夫じゃねーし。
 
同様のことが、カラオケボックスでも起こり、だったら最初っから2時間って言えば良いじゃん?と一切歌わない私はイライラする。歌わないからイライラしているのではない。歌わないけど1時間って言うから我慢しただけだ。なのに、いきなり目配せで了解をとって「延長で」って電話口で叫ぶヤツには、本当にぶん殴りたくなる。
 
 
なんでこんなに、一旦、仮にでも決められた時間に対して変更があると人格が変わるくらいに怒り心頭になるのか、長い間疑問だった。どんなにマインドフルネスしても瞑想しても心が平和であっても、その一瞬の隙を突いて、感情が激しく乱れるのだ。
 
 
なんでだろ?なんでなんだろう?とずっと考えていたが、ある日、寝て起きたときに答えが降ってきた。
 
 
私、時間と心中してたんだ!!!
 
 
つまり、時間は誰にでも平等なのに、宣言された時間については、私の手から離れてしまう、要は私などの身分では触れることはできない絶対の神的なものになるのだった。
つまり、私の15時よりも、他人が宣言した15時の方が偉くて、宣誓された15時は、絶対だと思ってしまうのだ。
つまり(って、つまってませんが)、宣誓された15時が一人歩きしてしまって、15時までは安全で、15時を過ぎると危険なのである。だから、15時にココを出ると宣言した友人が、本当は16時に出れば次の予定に間に合おうとも、友人のことなんてどーでもよくて、「15時に我々は解散する、以上」がこの場の掟になってしまうのだ、私にとって。
なので、私も友人も悪いわけではまったくないのだが、15時を過ぎると吐き気まで出てくるのは、宣誓した神聖なる時間を過ぎるという愚行は危険だから吐き気がくるのだ。
 
 
うん。一応、つじつまを合わせてみたんですけど、なんかおかしいですね。
 
 
、、、と思っていた矢先。
 
年始に律儀に実家に帰省した我が妹から、実家にいたときの理不尽な仕打ちを事細かに告げる愚痴の電話があり、まぁ、仕方がないので愚痴を聞いてあげたのだが、そこに重要な答えがありました。
 
 
お祖母ちゃんが、パートの母の帰りを毎日10分早かった、20分遅かったとネチネチ言い続けているという話を帰省後の妹から聞かされたとき、あぁ、私はまたこのパターンかと思ってしまったのだった。
 
すべては、このババアからやっぱり始まっていたんだな、と思って、私は自分を解放してあげなきゃならないな、と思ったのです。
 
まさに、完璧なタイミングで答えは放り込まれてきますね。
やれやれ。
 
というわけで、私が囚われている時間から私を解放しようと思います。

 

また寝たら解決しないかな~★★★

腐るの、待っています

年末年始は"義理"がふんだんに発揮される時期です
こっちが世話してんのに、お世話になりました。
こっちが宜しいようにやってやっているのに、今年も宜しくお願いします。
 
 
なんか、変じゃね???
 
 
旦那のおばあちゃんは80歳を越えて、現役でお節作りに精を出しています。生き甲斐だそうです。その大量に残ったお節を息子夫婦、その子供たち夫婦(我々ですね)が全部頂いて持ち帰らなければならない。
そして、パックの大量の切り餅。
極めつけは、人付き合いの賜物である、段ボールで腐りかけているみかんとりんご。
これらも全部頂いて持ち帰らなければならない。
 
 
全部、義理です。
ハイ、茶番です。
 
この儀式、おばあちゃんが死んだら即、消滅すると思います。
旦那は、「毎年すまぬね、今年も建前上もらってやってね」と言うものの、お節もお餅もみかんもりんごも好きではない様子。
 
私は、そもそも興味ないものは無視を決めているので、貰ったお節食べよう、とも、りんご剥こうか、とも、お餅焼く?とも私からは聞かないです。
私に出来るのは、腐るのを待つことのみ。
旦那は食べ物は捨てられない人です。
腐ったら、「仕方がないね、食べきれなかったね」と言って、旦那が捨てます。
私はこの一言を待っているのです。
私はそれまでこれらの義理の異物を視界に入らないようにしています。
 
自分で買ったお節なら食べますよ。
自分で買った切り餅なら食べますよ。
自分で買ったみかんなら食べますよ。
自分で買ったりんごなら食べますよ。
 
年末年始は色んな邪念がついたものが我が家に乱入してきます。
面倒くさいと言いながら書かれたであろう年賀状とかね笑
 
こういうの、一切要りません。
 
義理が無くなったら、世の中、どうなるんだろう?
義理で成り立っていることばかりだから、想像しても出てこないですね。
 
少なくとも、こんな邪念を抱くことは無くなるので、少しは平和に心穏やかになるんだろうと思います。
 
人に何かモノをあげるのを好意だと思っているのは、主におばさんと高齢者くらいじゃないでしょうか。
モノが溢れている世の中なんだから、好意だけで十分ですよ。
 
あなたがたが要らないと思うモノをあげるということは、もらった人は、要らないモノをもらう価値しかない人と言うことです。
異論があると思いますが、自分に必要なものは完璧なタイミングでやってくることを知っている人にとっては、要らないモノです。
 
少なくとも、私はそういうスタンスです。
 

 

私は今日も腐るのを待っています。

この時期、気まぐれな気分にご注意!

やっと三が日が過ぎました。本番はこれからです。三が日が過ぎると、いつもの日常モードになると思いますが、中には全く切り替わらない人もたくさんいるので、そんな人の気まぐれな気分に左右されないように、どうぞお気を付けてお過ごし下さい。
 
さて、どんな風に気を付けるのか書きたいと思います。敵は「気まぐれな気分」ですので、老若男女問わず、敵になる場合があります。○○な男に注意、とか、❌❌な女は避けろ、というような一次元な話ではありませんので、本当にご注意下さい。
 
まず、10月から2月にかけては、ハロウィン、クリスマス、年末、年始、バレンタインとイベント目白押しで、誰もが地表より2、3㎝は浮いて(浮かれて)生きている、と思って下さい。
 
この半年ばかり、人々はちょっと変になります。ちょっとどころではない人も中にはいますが、大抵の人は変になります。むしろ、変になりたいんだと思います。※夏に弾けるのとは、別の感覚です。なので、この時期に初めて会う人は、大抵、変です。
 
また、一年中変な人も居るので気を付けて下さい。結婚関連の様々なハイ状態(婚約ハイ、結婚ハイ、花嫁ハイなど)の方、家を建てちゃったマイホームハイの方、妊娠出産関連の様々なハイ状態(妊娠ハイ、分娩ハイ、出産ハイ、産後ハイなど)の方、他にも、ある出来事の渦中にいるハイの方々とは一時的にしか仲良くできませんので、期間限定と最初から諦めて下さい。もしくは潔く距離を置いても良いと思います。
 
敵はその人ではありません。「気まぐれな気分」です。その人に罪はありません。
 
同様に、年始の目標が、今年は早起きになる、ダイエットする、断酒する、禁煙するなどという人類最大の難関(習慣系の目標)に挑むと決意しちゃった人とも、距離を置かれるのが適切かと思います。振り回されるのがオチです。
私は何度も詐欺にあっているので、言い出す人がいたら近づかないようにしています。なんで自分との約束や誓いを他人に発表するのかがそもそも分からないので、分からないヤツとは付き合いたくないからです。万が一、その誓いの演説を熱く聞かされた場合は、冷や水をぶっかけるようなことはせず、「あっ、そういえばさ~」と言ってサラリと話題を変えましょう。曖昧な目標達成に付き合う必要はありません。相手は「気まぐれな気分」ですから。自分がゴキゲンになる相手と付き合いましょう。
 
この喜びをみんなと分かち合いたい、この決意をする自分の正義をみんなに分かってもらいたい、などという気まぐれな気分に付き合っている暇はないはず。みんな、自分のことに忙しいからです。そんな中、グイグイ入ってくるのは、ハッキリ言って、余計なお世話です。
 
 
なので、なんの目標もなく、ただただ毎日を地に足付けてノンビリ歩いている方と私はウマが合うわけですね。例えば、私の旦那とか。
 
(゜ロ゜;ノ)ノ
 

 

今年も宜しくお願いします。

皆さん、無事ですか?無事、新年明けましたか?

あぁ、明けましたか、そりゃ~良かったです。無事が何よりです。
 
私も無事ですよ。
 
年末年始は、地球の波動が大きく動きますからね。⬅テキトー
普段、穏やかな我が旦那も、ちょっとしたことでイライラしたり怒ったり嘆いたりニヤニヤしたりしてました。私?私は平穏そのものですよ。旦那が世の中の影響を受けてワチャワチャしているのを隣で見ていました。⬅助けたりは一切しない
 
 
 
さて。
年末年始、一喜一憂し過ぎじゃないですか?
そりゃ、家族行事の最たる時期ですから、やれ絆がとか、やれ年賀状がとか、やれお年賀がとか、やれ帰省がとか、やれお年玉がとか、やれ正月料理の仕込みがとか、やれ孫がとか、やれ餅がとか、やれカウントダウンがとか、やれ大掃除がとか、うるせーんだよって感じになります。
 
こんなワチャワチャした時期に自分までワチャワチャに囚われてどうする?と思うのです。
基本はひとつです。
 
私が良い気分でいることを選択する。
私の世界に要るものだけを選択する。
私の世界に要らないものは捨てる、または距離を置く。
 
これだけです。
これだけなのに、ちょっとあなた方、世の中のジョーシキに囚われ過ぎじゃないですか?
 
例えば。
 
「お節料理の仕込みで、ガスコンロがずーっと塞がっていて、年末はろくなモノ食べてないよ~」
 
という笑い話。止めて頂きたい。少なくとも、そんな恨めしい想いで作られたお節は食べたくないです。恨めしい気持ちを喰っているのと同じだからです。笑顔になるものを食べて下さい。そして、余ったお節を強制的に持ち帰らせるというのも愚行です。なんで今日食べたものを明日も食べるような行為を促すのか甚だ疑問です。量が多いなら、減らせば良いこと。たったそれだけが出来なくて、みな肥えていくのですね。
 
 
「あ、ヤベッ!こいつから年賀状来ちゃったかぁ~。面倒くせーなー、あれ?年賀状の余り、あったっけ?」
 
という寝言。止めて頂きたい。あなたが出したい人に出したら良い。年賀状は、人間関係がずっと変わっていない=あなたのレベルもずっと変わっていない、という物的証拠です。それ以上でもそれ以下でもありません。元旦に年賀状の余りをガサゴソ探して改めて書くなんて、自分に失礼です。あなたの選んだ人に年賀状を出せば良いのです。選ぶのは、自分です。選ばれている場合ではありません。
 
 
「あぁ、年末の大掃除やらなきゃ。寒いし面倒くさいし、窓掃除なんてなくなれば良いのに💢旦那にやらせよ~」
 
という戯言。窓が無い家にお住まいになれば宜しいかと思います。それに旦那さん、可哀想じゃないですか。時期をずらして、暖かい時期にやって頂いたら、あなたも旦那さんも笑顔で幸せで窓はピカピカです。普段やらないところの掃除は気候の良い時期にして、年末は普段の場所を念入りにやったりしましょう。わざわざ自ら凍えにいく必要はありません。修行の場合は除きます。
 
 
 
こんな感じでしょうか。
もっとラクにいきましょうよ。
自堕落に、というわけではありませんが、苦しい想いをするのはもう止めましょう。
上の例で言うと、ゴチャゴチャ言わず、年末も笑顔で美味しいものをたくさん食べる、年賀状は書かない、大掃除は時期を改める、これだけです。もうこれだけ。世の中の常識にウンザリしていることを認めて、折り合いをつけましょう。
 
 
自分が常に良い気分でいること。

 

これだけですから、簡単でしょ?