今日も旦那の帰宅待ち

40女パラサイト既婚無職のたわごと日記

いじめに時効はあるのか?元教師の母親から職業意識を疑う言葉がまた一つ出てきました。

まぁ、ビックリしましたね。うん、さすがに。
色んな要素を組み合わせても、つくづく関わりたくないと思ってしまいました。
母親と。
 
さて。詳細です。
 
先日、母親から電話がありました。
普段、祝いごと(誕生日や母の日などの記念日)くらいの
やり取りの間隔で、しかもメールにしているので、
電話が朝8時に来たもんだから、
「あ!あの疫病神のお祖母ちゃんがやっと死んでくれたのかな♪」
と思って、ウキウキして電話に出たんです。
そしたら、私の小学校の同窓会の案内状が実家宛に送られてきたみたいで、
返事どうする?とのこと。
 
は?行くわけないじゃん。
 
と思いつつ、
「あぁ、あんまり興味ないから欠席で返信しておいて....」
とゲンナリして電話を切ろうとした瞬間、
母「内容はね~」
と喋りだすので、とりあえず聞きました、内容をさ。
優しい娘だよ、私は。陰徳積んでますよ。
 
内容
・小学校見学
・お食事会
・日時
・参加費
・発起人
・幹事たち
・参加者
 
とまぁ、ダラダラ話を聞いたんだけど、
発起人の辺りから、憎悪が出てきたのですね。
そして、幹事たちのメンツ。すでに参加表明されている方々のメンツ。
 
一気にアラフォーの私は小学校時代の私にタイムスリップしてしまいました。
当時の悲惨な思い出が次々と呼び起こされて
気持ち悪くなってきたのです。
 
なぜなら......
発起人→酷いイジメの首謀者
幹事たち→発起人にイジメられていた男児女児たち
参加者→その場を凍りつくような目で傍観するしかなかった児童たち、当時の超困っていた担任の先生
 
なに....このメンツ........
 
 
絶望しかないメンツ......
 
 
私が、「そのメンツ、最悪だから余計に行きたくないわ。」と言い、母親にこれまで一切話さなかった当時の酷いイジメの状況を説明しました。
※小学校時代から、母親に学校の様子を知らせない母親不信の私(笑)
 
そのイジメの状況を話し、そんなメンツの同窓会に行けるヤツが精神異常、と言いました。
 
そしたら、母親が一言。
「そんなイジメ、もう時効じゃない??」
 
............(゜ロ゜;
 
え?時効?イジメに時効なんてあるの?
イジメの場面を散々脳裏に焼き付けさせられた私、いじめられてないけど、これも時効なの?
当時のあの虚無感と退廃した気持ち、荒れた教室、あれ、もう時効なの?
私の小学校時代、良い思い出、ないのよ?
時効なの?
 
 
母親に何をどう説明してもムダだと知っている私は、一旦言葉を飲み込み、
「いじめた側は時効かもしれないけど、いじめられた側や周りの人は時効という気持ちの切り替えはなかなか難しいんじゃないかなぁ」
と穏やかに言いました。
優しい娘だよ、私は。陰徳積んでますよ。(二回目)
 
 
えっと、母親には通じませんでしたけど。
いいんです、通じなくて。
別にどうでも良いんです。
 
でも、今回の件は許しません。
 
私の母親は、学校の先生を40年やってきました。
私の学校の行事に母親が来たことはありませんでした。
片親なので、仕方がないと思ってました。
いつも学校学校で家庭にコミットする状況ではありませんでした。
PTAなどの役職をたくさん務めて大変そうでした。
休みの日は頭痛で寝込んでました。
大変そうでした。
 
ですが。
 
家庭を犠牲にして教師人生40年やって身を粉にして
働いてきた母親のいじめ問題についての見解が、
「いじめは時効、なかったことにしなよ」
 
母親の職業意識を疑いましたし、同時に、私は教師である母親が誇らしかったのだと気付きました。
書いていて涙が出てきました。
 
教師がサイテーとか言う話ではなく、
40年もやってきた職業に対する意識はこんなもんなんだな、
あの身を粉にして働いてきて得たものって一体何だったんだろう
と思いました。
こんなことを偉そうに「私の経験では」とか、「そんなのよくあるじゃない?」と言ってしまえる精神が腐っていると思いました。
 
「そんなのよくあるじゃない?」と言われたので、例えばどんなことがあるの?と聞いたら、母親は黙って考え込んでしまったことは母親の名誉のため、突っ込みませんでした。
優しい娘だよ、私は。陰徳積んでますよ。(三回目)
 
私は、母親の職業や働き方を誇りに思っていましたが、
すんげー裏切られた気持ちがしました。
まぁ、私が勝手に誇りに思って、私が勝手に幻滅しただけなんですけどね。
 
 
 
さよなら、私の誇り。

ようこそ、私の気づき。

実家を始末する決意から紐解いた、私の「働く」の価値観に迫る(結論出ない系)

無職であることを、時には焦ったり、嘆いたり、
恨んだり、有職を羨ましがったり、
またある時には、万歳三唱したり、五体投地したり、
自由の喜びを舞ったり、相反する支離滅裂なことを
たくさん書いてきました。
私自身も混乱してました。
 
が、実家を始末する決意が出来てから、
だいぶ、無職に対する価値観というか、
考え方が穏やかになりました。
 
私にとって無職とは、ダブルバインドだったんですね。
 
私の職の価値観は、
無職は実家の世話をしなければならない。
有職は実家と関わらなくても、実家に許される。
 
だから、実家に関わりたくなくて、
無職の私は、常に混乱していたわけです。
 
世間の価値観も、影響していると思います。
あの人、何にもしてないのに実家の手伝いもしないで、
という、ごくごく当たり前の価値観です。
 
私の会社員時代は、まさに滅私奉公な働き方をしていました。
自ら、ブラックな働き方を選んでいたんですね。
そんなこと、上司にも同僚にも会社にも誰にも要求されてないのに。
 
会社員は叱られないように働くのが仕事、
という名言もありますが、まさにコレでした。
 
さて。
誰に叱られたり怒られたりするのを恐れていたんでしょうか。
私は完璧な仕事をしていたので、
男性のプライドを潰すという地雷を踏んだ以外は、
叱られたり怒られたり、全くされませんでした。
実に育て甲斐のない、肩透かしを周りにさせてしまう
"優秀で隙が無く怖い完璧な社員"でした。
 
では誰に怒られるのでしょうか?
 
誰でしょう。
 
答えは実家でした。
実家に叱られないように怒られないように
完璧にやっていたんですね。
どーりで自分というもの、私というものが
不在だったわけです。
私はブラック企業で体調不良になったわけではなく、
実家という私の中の絶対的な不動のモノへの滅私奉公で
体調不良になったんですね。
たまたまその体調不良になった場所が会社だった、というわけで。
会社の皆様、とんだとばっちりを喰わせてしまいました。
この場で謝罪いたします。
 
会社を辞めてからも継続していた、
または更に悪化した体調不良は、こういう理由だったかもしれません。
 
今は健康になってますが、このダブルバインドを忘れたりすると、
一気に不調になります。特に女性の諸事情周りで。
 
なので、何がそう私を不自由にさせているのか、
について、最近はトコトン因果関係をハッキリさせています。
私の言動を確認してみて、その時感じたことや
違和感が、私の何の価値観と齟齬するのかを
振り返るようになりました。
 
そうすると、やはり、
労働→疲労→魂を削る→実家時代の私
という連鎖反応が自動で、というか脊髄反射
起こることが分かりました。
 
他の人から見たら、何で、労働が実家時代になるの?
と疑問に思うかもしれませんが、私の思考の癖では
そうなってしまうのです。
 
現に、労働に関するアレコレを考え始めると、
ことさら、女子事情が不調になります。
女子事情の不調の根底には、
「女性性の否定」の信じ込みがありますので、
私は私自身を否定していることになります。
そりゃ、不調が加速しますね。
 
なので、労働に関することの定義を変えた方がいいです。
まず、労働→疲労ってことからですね.....
そこからかよ?って感じですが......
たぶん、働かない、もしくは、働けない方の大半は、
この自動思考なんだと思われます。
 
ただ、「趣味→疲労」の導線からくるのはOKなので、
趣味の定義は私的にはOKなんだと思います。
さすがに、趣味の最終意識が「実家時代の私」になったら
私、辛すぎます.......
 
さて。
労働の定義を変えたいですね。
または、労働→○○→疲労みたいに、
何か挟んで「実家時代の私」または、その前段階の
「魂を削る」に至らないように方向修正したほうがいいですね。
 
とりあえず、私には難問なようなので、
いきなり定義を決める、というよりは、
ジワジワやっていこうと思います。
 
ジワジワ、コツコツ、淡々、のんびり、じっくり
あたりが私の場合はキーワードなのかと思います。
自分で起こした急な変化に自分が追い付けないタイプの
人間みたいなので。
 
んもぅ、私ったら、勝手すぎ!

 って自分に怒られている今日この頃です。

そんなにやりたいことがないです

無職になってから、はや数年が経ちました。
いつか働く気になるだろうなぁ、なんて思っていましたが
いっこうに働く気や気配すらありません。
 
体調が悪かった時は考えられなかったのですが、
いざ健康になってみると、やりたいことが何にもないのが現状です。
過去記事にも書きましたが、本当に何にもないんです。
レディースデイは都会に出掛けて最新の映画を観よう、とか
好きな音楽コンサートに行こう、とか
美術館巡りや寺院巡りしよう、とか
一応、野望らしきものはありましたが、
どこかに行ってしまいました。
 
ちょっと前まで、将来、何かの役立ちそう、とか、
私の生きざまを決定付けるようなこととかに
興味もありましたが、最近はどうでもよくなってきてしまいました。
 
全部、暑さのせいですかね.......
 
億劫になる、とはこういうことなのでしょうか。
 
それにしても、必要なことまで億劫になるのは
由々しき事態です。
生活全般の色んなことが、有り得ないペースで
グダグダになってきています。
 
4月下旬に引っ越ししたのですが、いまだに段ボールはありますし、
部屋の一角は荷物だらけで使えないですし、
毎日「ま、いっか、死なないし」で過ぎていきます。
そして、現実逃避をしてしまいます。
 
そうですね。
自分を責めています。
大人しく夏のせいにしておけば良いのに、
自分の惰性を責めています。
勝手に自分の惰性を責めて、勝手に不安になっています。
良い波動じゃないですね。うん。
 
こういう時は、もうトコトン何もしない、か、
脳を騙すくらいに、ちょっとずつやるしかないです。
 
10分でいいからトイレ掃除
1品でいいから料理
1部屋でいいから掃除
 
だが、私の前に立ちはだかるのは、芋づる式の思考で、
10分トイレ掃除するんだったら、洗面台とお風呂場も
ついでにやりたい
料理作るんなら、副菜まで作りたい
掃除するんなら雑巾がけまでやりたい
 
........
 
そのちょっとが出来ないんです.....
そのちょっとさえ出来れば、良い感じになるんだと思います。
 

 

"そのちょっと"が欲しいです。

旦那が風邪を引きました。彼の要望につき、ほっときます。

世の中の妻たちは、旦那や子供が風邪を引いたら、
甲斐性で面倒を看るでしょう。
そう、フツーの妻たちはね。
 
私たち夫婦は、基本的には「一人で居たいモノ同士」が結婚したので、
基本的な活動はソロ活動だ。
流行りの店にも行かないし、連れ立って歩くこともあんまりない。
干渉しない、と言えば、それまでなのだが、
なんかそんなスーパードライな訳でもなく、
プチドライな感じなのです。
 
今現在、旦那が風邪を引いて寝込んでますが、
以下の質問を過去にしたところ、私と同じだったので、基本的には、ほったらかしです。
 
私のQ「病気の時は、私は傍に居て欲しいか否か」
 
旦那のA「傍に居るというのは、配慮しなくちゃならないからヤダけど寂しい」
 
つまり、同じ空間(部屋)には居て欲しくないが寂しいらしい。
 
うん、さすが!私が選んだ旦那だ。
 
とにかく病院に行ったら負け、という男性特有のプライドを持つ旦那は、薬の類いも飲まないので、口癖は、「寝てりゃ~治る」だ。
私は、食事は、間違っても唐揚げなどは作らないし、
極力、ほっとく。
超心配だけどね。
だけど、彼の要望がそうなら、そうするのが精神衛生上、一番良いのかもしれない。
 
 
ちゃんと食べなきゃダメだよ!
残業ばっかりだから身体が弱っているんだよ!
ほら見たことか!体力無いのに自転車通勤なんかしてるから、風邪引くんだよ!
 
 
これらは、「誰が稼いでいると思っているんだ」と言ってはならないように、妻の立場からは言ってはならない。
彼の働き方や生活の仕方にまで、踏み込むのは、やはり彼に失礼だからだ。
 
よって、私は、「私はこうしたら身体がラクだけどなぁ~」とか、そういうことは言っても、実家の母親や祖母のようには言えない。
っつーか、言ってはならないのだ。
 
よく、病気を抱えた子供に替わって私が病気になる、などという家族愛的な発言をする母親が居るが、子供の試練を奪ってどうするのだ?
あんたの役割は、その病気の子供を通じて自分と向き合うことなのに、子供と同一化しようとしている。
子無しの40女に言われたくないだろうが、
それが家族愛、産んだ母親の当然の思考という空気がすごくキライだ。
 
私は、小さい頃からよく体調を崩していた。
その度に、叱られた。
育成環境そのものが、私の体調不良の原因なのに、
私が病気になると、自己管理がなっていないと叱られた小学生の私は、当時は自分の虚弱体質を恨んだが、今、考えると、身体から十分なメッセージを頻繁に受け取っていた私の身体はスゴイと思う。
心と身体がしっかり繋がっている、という証拠だ。
ありがたい。
 
叱られた理由は、未だに良く分からないが、多分、叱る理由が欲しかっただけなんだとも思う。
 
過去の記事にも書いたが、旦那は風邪を引いて、叱られたことなんて一度もないし、怪我をした時も叱られなかった。
この話はマジびっくりした。
 
私は鼻の血管が弱くて、顔を洗うだけでも鼻血が出るタイプだったが、ある日、鼻血が止まらなくて救急車で運ばれた時も、叱られた。
 
救急車は、妹が呼んでくれた。
母親と祖母は、食卓でご近所の方の悪口を言っていた。
救急車を呼んだ妹を、母親も祖母も叱り、鼻血ごときで救急車に乗った私も叱った。
 
救急車を呼ぶなんて、ご近所にみっともない、という理由だった。
 
この件は、妹の方が未だに根に持っている。
鼻血が鼻から出る以上に血が出てしまって、
飲み込んで、飲み込む以上に血が入ってきて、
洗面台では済まなくなり、お風呂場で私は吐きながら倒れていたらしい。
この血の海の後始末をしたのも妹だし、後始末をしながら、救急車を呼んで、ご近所にみっともない、と叱られたのも妹だった。
この話をすると、今でも妹は泣く。
 
妹は、フツーの妻なんだと思う。
一人で鼻血を出しながら、血の海で倒れた私は、当時からやはり、ほっといて欲しかったんだろうか。
 
分からない。
もしかしたら、このまま死んでもいい、と思っていたのかもしれない。
流れ出ては、吐き出す血の海にうずくまりながら、
私は一人で声を上げることもなく、鼻血を出して倒れていた。
同じ居住空間に家族全員が居たのに。
あれは、精神的な自殺を意味していたのだろうか。
 
分かんねーや。
 
ひとつ言えることは、あの鼻血事件以来、私は誰も信頼していない、ということだ。

 

私の信頼感という血は、全部あの風呂場に流れたみたいに。

積ん読が30冊を越えたら?

普段、図書館を利用しているが、読むペースと読みたい本が出現するペースと予約本の引き取りのペースと返却日のペース、すべてがねじれの位置にある。
 
要は、読書に全然気が向かないのだ。
 
今までは、1日に平均3冊を読んで、
1週間で10冊以上は軽々と読んでいた。
今年に入ってから、ガクッとそのペースは落ちて、
貸出期間2週間で1冊読めるか否かのような
虚しい読書量になっている。
 
原因は分かっている。
野暮用が増えたからだ。
つまり、読書以外にもやることが増えてしまっている。
さらに、活動時間の短さ。
早起きを諦めた私は、早寝遅起きだ。
午前中はまず捨てるところから1日はスタートする。
お昼から陽が沈むくらいまでが活動時間であり、
これ以外の時間に、ガッツリ活動しようとなると
エネルギーが全然足りないのだ。
よって、21時以降も、捨てる。
この前、この掟を破ってしまい、21時から23時頃まで
集中して野暮用を済ませたら、次の日、頭痛薬も効かない頭痛で1日中寝ているハメになってしまった。
 
うん。規則正しい生活は大事だね。
 
私はロングスリーパーな上に、活動消費量が激しく、
すぐにエネルギーが枯渇し、チャージが必要となる。
 
これは良い、悪いの問題でも、損得の問題でも、ない。
私はそういう気質だ、ということだけだ。
 
この限られた時間内に、あれこれやろうとすると、
一気にエネルギー量が減る。
尋常じゃないくらいに減る。
だから、かなり生きづらいのだし、他人から見れば、
なんでそんなことしかできないのか不明かもしれないが、
無理なものは無理なのだ。
 
映画を観たあと、ご飯に行く、なんていう
当たり前のことが、どちらか一つにして欲しいと思っているのだ。
 
映画を観ると確かに楽しいが、疲れる。
ご飯は美味しいし、楽しいが、疲れる。
ダブルで疲れるのは無理なのだ。
だから、どちらかにして欲しいのだ。
 
先日、バスケットボール観戦をしたあとにご飯屋さんに行ったのだが、あれはつれだって歩いたのが旦那だったからだ。
あれが、女子だったら、次の日は屍になっていた、と思う。
バスケットボール観戦と言っても、所謂、地蔵なわけで、なるべく疲れない所作で観ている。煽りのBGMの音量がうるさくて耳栓をしているくらいだ。そんなヤツラ(私たち)がbリーグを盛り上げられるかどうかはすでに分かりきったことだが、盛り上げ役は他の方が適しているので任せている。
私たちは、ただ、選手たちの華麗なプレイを観たいだけなのだ。
一体感などはどーでもいいのだ。
 
その後のご飯についても、二人ともある程度疲れているため、基本的に喋らない。
食事を楽しむ。会話は普段しているので、たまの外食くらいはお店の味を味わいたい。
無言。
 
別に、我々的には問題ない。
 
他の人からなんと言われようが、これが私のスタイルだ。
 
二人ともエネルギーの残量や配分に気を付けている。
間違いなく、これが我々夫婦の基本的な価値観だ。
 
でも、こういう勝手を知らない友人レベルだと、とにかく疲れる。
30分くらいのお茶で十分だと思う時がすごい多い。
 
そして、マジョリティは疲れを知らない人たちだ。
たちが悪い。
こういう人たちに、こういうことを説明するとしたら、
アベノミクスが成功しているのかどうかについて説明するより難しい。
 
さて。
本は余程のことがない限り、絶版にならないわけだから、
いつか読めば良いんだと思う。
積ん読が30冊を越えた辺りから、もう開き直ることにしている。
 
頑張らない私、ステキでしょ。

40女の部屋着がジェラートピケな件

部屋着なんてどうでも良いと思っていた30代をとうに越え、
40歳の今、誰に見せるわけでもないが、
部屋着をジェラートピケで揃えている。
 
 
どうだ、気持ち悪いだろう。
 
 
先日も、春物を買ってしまった。
25歳くらいの可愛い女子店員に接客されながら。
そんでもって、多分、
「なんでこんなオバサンがうちのブランドを?」と
不審に思われながら。
 
どうだ、ますます気持ち悪いだろう。
 
ファストファッションの店で買ってる
オバサンと基本的には一緒の思考だと思うが、
ここではハッキリ断言しておきたい。
 
彼女たちとは一緒にしないで頂きたい。
 
私は誰にも見せないから、許して頂きたい、ということだ。
※旦那はカウント外
 
彼女たちは、あの洋服を外出着として着ている。
すごい勇気だ。
あの勇気は私には無い分、私の勇気は部屋着に発揮される。
 
ジェラートピケが一番似合うのは10代と20代だ。
それは分かっている。十分に承知だ。
だが、似合う、似合わないの判定をするのは他人なわけであるから、
他人が介入しない世界=自宅では、40ババアが着ていても
何の罪にも問われない。
 
せいぜい、配達のお兄さんか、近所のコンビニ店員に笑われる程度だ。
外出着と違って、接触人数が違う。
これは大きな違いだ。
 
一年の大半を家で過ごす私は、
やはり部屋着にはこだわりたいのだ。
こだわった結果の、ジェラートピケだ。
たかが部屋着に結構お金をかけているのだ。
 
ジェラートピケは、パジャマ以上外出着未満の
絶妙なラインを突いてきて、私を活動モードへと誘う。
寝るわけでもないから、パジャマでもない。
外出するわけでもないから、外出着でもない。
部屋で過ごす最高の部屋着はジェラートピケだ。
これは、真実だと思う。
 
部屋着に春物もクソもあるかよ、とお思いになるかもしれないが、
季節感は大事にしたいよな。
そんなわけで、近いうちにまたジェラートピケで
買いたいものがあるので行こうと思う。
 
 
さて、お気づきだろうか?
この記事には、女子力という言葉は一切出なかった。
ジェラートピケ=女子力の塊
という世間の大きな誤解を解きたいとも思ったからだ。
 
40女が女子力鍛えてどうなる?という論点はここにはない。
部屋着=ジェラートピケ=幸せ

 という幸福論で、私のピケに対する愛を締めくくることにする。

毎日、何してるの?という愚問

40歳、無職、既婚、子なし
 
このスペックで投げ掛けられる言葉はただひとつです。
 
「毎日、何してるの?」
 
です。しょっちゅう、言われます。
ホントにまぁよく言われます。
中には、「大変ねぇ」などと勝手に不妊治療中と勘違いして同情してくるおばさんもいます。
 
みなさん、定年退職者やご高齢の方に、こんな質問しますか?
しないでしょ?
それがアラフォー子なし無職ってだけで堂々と口に出されるんですよ。
中には、ご病気を罹患しているのかしら?という勝手な心配もされたりしますが、
この世代でこのスペックで無職でいる、というのは、男性以上にツライことみたいです。
 
まぁ、私はツライなんて思ったことないですが、
お前にカンケーなくね?
という感じでしょうか。
忙しくしてて、あれもこれもそれもやっている私って
なんやかんやで充実してるし、偉い的な。
だから、私なんかはよく見下されますよね。
見下して頂いて結構ですよ。
 
 
今日も朝から晩まで、ずーっと一人。
すげぇ楽しいです。
テレビ付ければマツコに励まされ、本棚に移動すれば本に励まされる。趣味コーナーに移動すれば没頭できる。
私にはムダな時間なんて一秒もないのです。
 
対人関係もガンガン棚卸ししてますから、
女子会を含めた2人以上の会合に行きません。
ここぞとばかりに体調不良を装って、お誘いはすべて断ってます。
今まで、年に10回くらいは毎回¥5,000くらいの飲み会代を飲まないのに払ってましたが、それを一切止めたので、毎年、交際費が5万円も浮いてます。
で、出掛けないけど洋服を買ったり、趣味のものを買ったりしています。
 
もっと突っ込んで言うと、どーでもいい話を1回につき2、3時間聞かなくてよくなりましたので、毎年20、30時間、完全に自由に使えます。
このぐらいあれば、ちょっとした本なんかも10冊以上読めるわけで。
どーでもいい話と引き換えに、役に立つ話をたくさん注入できます。
 
対人関係を棚卸しして本当に良かったと思います。
今は、新しいちょっとした知り合いと、予定が合えば小一時間のお茶程度。
すごく楽しいです。
なぜなら、私が選んだ時間だから。
私が選んだ相手だから。
なので、私からガンガン誘います。
相手も、「お話できて良かった!」と言ってくれます。
社交辞令かもしれないけど。
同じくらい喋り、同じくらい聞きます。
あぁ、傾聴ボランティアだった頃の私に教えてあげたい。
もうすぐ良い日が来るよ、と。
すごくツラかった。よく頑張っていた、ご苦労様。
 
誘われてる私って人気者🎵という発想はもうありません。
他人の都合で誘われて、なぜ私が場所から時間から日程から全部やらなきゃならないかも謎でした。
そして2時間、怒濤の聞き役サンドバック。
疲れて頭痛がして翌日寝込んで当然ですね。
 
けど、今はスタバかドトールでお茶。
これでもう良いです。
つまんねー話を聞きながら食事をしても、
消化に悪いだけ。
あぁ、だから会社員時代の飲み会の次の日は
必ず下痢か胃腸炎だったんですね。
消化できない、と。
納得、納得。
 
というわけで。
毎日楽しくゴキゲンで健康が一番!
対人関係は災いの元!
自分が自分の良き隣人になれば、これ以上最高の巡り合わせはない!
 
みんな、自分と仲良くしましょ!